大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(行ク)22号 決定

申立人 尼野亨

被申立人 大阪国税局長

訴訟代理人 岡本拓 外七名

主文

相手方(被告)は別紙目録記載の各文書を当裁判所に提出せよ。

理由

第一申立の趣旨

主文の同旨

第二文書提出義務の原因及び当事者双方の主張

一  文書提出義務の原因

別紙目録記載の各文書((一)ないし(八)。以下「本件各文書」という)は、相手方(以下「被告」という)において、大阪地方裁判所昭和四一年(行ウ)第三五号所得税更正決定等取消請求事件における各係争年度(昭和三七、三八年度)の申立人(以下「原告」という)の所得調査にあたつた西淀川税務署の係官柴田欣伍がその職務上作成したメモであると主張する乙第九号証にその表題が記載され、かつ証人柴田欣伍の証言中に援用されている文書であるから、民訴法第三一二条第一号にいう「相手方が訴訟において引用した文書」にあたる。

さらに、本件各文書は前記各係争年度の所得税賦課決定に対する原告の審査請求にあたつて、原処分庁たる西淀川税務署長から審査庁である被告へ提出されたものであるから、原告は行政不服審査法第三三条第二項によりその閲覧を求めることができるものである。したがつて、本件各文書は民訴法第三一二条第二号の文書にあたる。

二、当事者双方の主張

1  相手方(被告)の意見

別紙(一)記載のとおり。

2  相手方の意見に対する申立人(原告)の反論別紙(二)記載のとおり。

第三当裁判所の判断

一  本件記録によれば、被告は「本件各文書は単に乙第九号証(書証)にその表題が記載されているにとどまつて、準備書面はもとより口頭弁論においても被告はなんらその存在を引用したものではないから民訴法第三一二条第一号にいう文書に当らない」旨主張する。

しかしながら、民訴法第三一二条第一号にいう「訴訟において引用したる文書」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主張、立証のため、その内容及び存在を明らかにした文書、と解するのが相当である。

二  ところで、本件各文書は、被告提出の乙第九号証に記載されているものであり、かつ証人柴田欣伍の証言中、右乙第九号証を示して尋問がなされているものであることは一件記録上明瞭である。そして、被告から、右書証の提出に当たり、昭和四四年七月三日付証拠説明書が提出され、それによると、「乙第九号証は、柴田欣伍がその職務上作成したメモであり、乙第一〇号証、一一号証は本件係争年分の所得調査の際、原告が右柴田に提出したものである。これらにより、被告署長が原告の本件係争年分の所得を調査した際、原告がその担当者である柴田欣伍に提出した資料および原告の昭和三七年分の売上原価ならびに外注工賃について明らかにする。」旨説明されているのである。

以上の事実関係からみれば乙第九号証は同号証中に記載されている本件各文書を含む各文書の存在やその意味内容を明らかにする点に立証上重要な意義があるというべきでありいわば同号証はそこに記載されている各文書と表裏の関係にあるものとして同号証を書証として提出することは同号証に記載されている各文書を書証として提出するに実質的に等しいといわなければならない。

かかる場合には書証中に記載されているにすぎない文書といえども、その実質からみて民訴法第三一二条第一号にいう「訴訟において引用したる文書」にあたると解するのが相当である。

もつとも、被告は、昭和四五年三月一一日書面(別紙(一)添付)で「本件各文書は更正処分の理由となつた事実とは無関係である」旨主張するが、少くとも本件係争年分の原告の所得計算に関係があるからこそ「証拠」として提出されたものであることからすれば、被告の右主張は到底首肯し難いものであるというの外はない。

三  以上のことから判断すると、本件各文書は民訴法第三一二条第一号にいう引用文書に当り、したがつて、被告は右文書を当裁判所に提出する義務があるというべきである。

よつてその余の点(民訴法第三一二条第二号の主張及び反論等)についての判断を省略し、原告の本件申立てを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 井上三郎 矢代利則 中野保昭)

目録

西淀川税務署職員柴田欣伍(当時)が職務上申立人の昭和三八年度の所得を調査した結果を記載した左記文書告の昭和三七年度、書類について民事訴訟法第三一

(一) 人件費否認分明細書四枚

(二) 領収証による支払高検討表

(三) 豊栄チエンよりの請求高、決済高、受取手形各調査書

(四) 三和銀行四貫島支店入金調査書四枚

(五) 同支店入金現金高調査書

(六) 幸福相互銀行天満橋支店当座預金入出金明細書および入金他店券振出人調査書

(七)三和銀行普通預金、当座預金入出金明細書六枚

(八) 資産増加分明細表 以上

別紙(一)

原告は、昭和四四年一二月一八日付で被告西淀川税務署長が原告の昭和三八年度、昭和三八年度所得を調査した結果を記載した書類について民事訴訟法第三一二条第一号および第二号を原因として文書提出命令の申立をなされた。

しかし、次のとおりその申立は理由がない。

(一) 提出を求められている文書は、第三一二条第一号にあたらないものである。第三一二条第一号は当事者が訴訟において引用したる文書を自ら所持するときの提出義務を規定したものである。けれども右規定を広義に解して、仮に当事者がその目的を問わず文書の存在を引用していさえすればよいとの見解に立つとしても、本件文書は単に乙第九号証(書証)上にその表題が記載されているにとどまつて、準備書面はもとより口頭弁論においても被告は何らその存在を引用したものではない。

されば本件文書は第三一二条第一号にいう被告において訴訟上引用したものに当らないことは明らかである。

(二) 次に第三一二条第二号との関係については、本件文書がいずれも更正処分の理由となつた事実とは全く関係のないものであり、閲覧請求の対象とならないことはすでに昭和四五年三月一一日付書面(末尾添付)において述べたとおりである。

(イ) 原告は、行政不服審査法第三三条のいわゆる当該処分の理由となつた事実を証する書面であるか否かの判断は右閲覧請求をなした審査請求段階を基準にして判断すべきであつて、その後行政訴訟に至り納税者と処分庁との争点が確定してからその確定した争点を基準として翻つて理由となる書面であるか否かを判断すべきものではない旨主張されている。

被告は、行政不服審査法第三三条にいう当該処分の理由となつた事実を証する書面であるか否かの判断時点について、閲覧請求をなした審査請求段階を基準とすべきことを争うものではない。しかし、本件文書は、審査請求の段階においてすでに閲覧請求の対象とならなかつたものである。すなわち、人件費否認分明細書を除く文書の関係部分は、すでに原処分庁の更正処分段階において原告の主張がそのまま認容されており(したがつてこの関係部分の争いはすでに右段階で消滅した)、ただ人件費否認分明細書は右段階では資料とはなつたが、異議段階においてはそれに関係する人件費については右文書に関係なく原告の主張が認容されたので、それぞれその時点(遅くとも異議段階)で更正処分の理由となつた事実とは関係のない文書となつており、その事実は前記被告の第八準備書面の被告の主張および証人柴田欣伍の証言からも明らかである。

(ロ) また原告は閲覧請求権の対象になるものか否かを検討するためにも文書提出の必要性があるとされているが、これは第三一二条第二号の範囲を超えたものであり、申立の理由とならないことは明らかである。

(ハ) のみならず、行政不服審査法第三三条第二項の閲覧請求権は専ら審査請求段階の時点において納税者と審査庁である国税局長との間の攻撃防禦制度として認められたものであつて、裁決経過後において行使しうる請求権ではないから、原告は被告に対し裁決後の訴訟が係属した現時点において閲覧の請求権を有するものではない。

(ニ) 殊に閲覧請求は、審査請求当時審査庁に存した書類についてのみ認められるものであるところ、本件文書は審査段階では審査庁に存しなかつたものであり、本件文書は閲覧請求権の対象とはならないものである。されば、いずれにせよ、本件文書は第三一二条第二号にいう当事者が閲覧請求権を有するものには当らないものというべきである。

(被告の昭和四五年三月一一日付書面)

原告の昭和四四年一二月一八日付文書提出命令の申立についての被告の見解は左のとおりである。

すなわち、原告は裁決の段階において閲覧請求の対象とされるべき更正処分の理由となつた事実を証するものであるとして人件費否認分明細書等の文書提出命令の申立てをされているが、これら文書は後述のとおりいずれも更正処分(異議申立決定による一部取消後の処分)の理由となつた事実とは全く関係のないものである(このことは証人により立証する用意がある)。

したがつて仮りに原告が閲覧請求をした当時、諸文書が処分庁から審査庁へ送付されていたとしても本来閲覧請求の対象とはならないものであるから、原告の立証趣旨と関係がないものである。

なお、右命令の申立書に掲記されている文書は、乙第九号証に基づいておられるが、乙第九号証は、昭和三八年分所得の調査にかかるものである(柴田証人証言)から、以下昭和三八年分の処分との関係においてこれらの文書が、更正処分の理由となつた事実とは無関係であることを説明する。

一、人件費否認分明細書

当初における更正処分にあつては、柴田証言にもあるごとく、原告申立にかかる雇人費の一部を否認したのであるが、その後の異議申立決定において、雇人費の否認は誤りであることが判明したため、更正処分の一部を取消し、原告の申立額どおり認容したものであり、裁決段階にあつては、雇人費部分についてはもはや処分の理由とはなつていないのである。このことは裁決書の理由(乙第三号証の二)によつても明らかである。

二、領収証による支払高検討表

本書は、原告が提出した材料仕入(乙第一〇号証)、工場消耗費(乙第八号証)、外注工賃(乙第一一号証)、動力費(乙第六号証)、水道光熱費(乙第六号証)、雇入費の各明細書記載の金額の真否を確認するため、これら金額の支出の裏付けとなる領収書、小切手帳簿(いずれも原告提示のもの)と照合したものである。

これら雇入費以外の各金額については照合の結果いずれも、右原告提出明細の各金額には裏付けがあり原告計算を正しいと認めたものである。すなわち、原告の計算を確認するためのもの以外のなにものでもなかつたのである。

このことは、本訴においても材料仕入、動力費、外注工賃については争いがない点、また、本訴にあつては争点の一つとなつている工場消耗費、水道光熱費についても昭和四二年一〇月一七日付被告第三準備書面の(二)、(三)で明らかにしたとおり本訴前(更正処分から裁決まで)においては争いのなかつたことからみても明らかである。

したがつて、これら右経費についてもやはり、更正処分の理由とはなつていないのである。

三 (一)豊栄チエンよりの受取手形検討

(二) 豊栄チエンの請求高決済高調

四 三和銀行四貫島支店入金他店券の調査

五 三和銀行四貫島支店入金現金高調

以上いずれも柴田証人の証言でも明らかなように原告が申立た売上金額(または売上先)以外の売上金額の有無について検討したものである。その結果は、原告申立て売上金額以外の売上金額の確認は出来なかつたものであり更正処分の理由とはならなかつたものである。(その後異議申立決定において売上金額を原告申立額以外に一七七、七二〇円加算したが、これは異議申立決定の調査によるものである。なおこの加算分も裁決において重複計上であるとして取消している)

六、(一)幸福相互銀行天満橋支店当座預金入出金明細調べ、本書は、当該銀行における尼野亨名義の当座預金元帳の単なる写しであるから、直接には更正処分の理由と結び付くものでないことは明白である。なお本書と同類のものは当然原告自身が所持しているべき性質のものである。

(二) 入金他店券振出人調べ

これは右当座預金のうち他店券(他の銀行が支払銀行となつている小切手、手形等)入金について、その振出人を調べたものであり、その目的および結果は、前述三乃至五項と同様であり、更正処分の理由とは関係がない。

七、三和銀行普通預金、当座預金入出金明細

これらは、同銀行四貫島支店における尼野亨、尼野加代子名義の各普通預金元帳および尼野亨名義の当座預金元帳の単なる写しであり前項の(一)と同様の性質のものである。

すなわち、これらより前述四、五項の調査へと進展させたものであり、更正処分の理由とは無関係である。

八、資産増加分明細表

本書は、判明した資産負債科目すなわち、機械設備、車輌、土地、当座預金および借入金(公庫よりのもの)の期首、期末における金額を参考までにまとめたものであるが、本件については乙第三号証の二に明らかなように収支計算によつており、資産、負債増減法によつて所得を算出していないのであるから更正処分の理由とはおよそ関係がない。

別紙(二)

被告の意見に対する原告の反論

一、被告は原告が昭和四四年一二月一八日付でなした人件費否認明細書等の提出命令につき、各対象書面はいずれも本件処分の理由となつた事実を証するものに当らないと主張し、その理由として右各書面は本訴の争点となつていない経費項目に関するものであるからとか、更正処分の理由とは関係のない書面であるからとか述べている。

二、しかし行政不服審査法三三条のいわゆる当該処分の理由となつた事実を証する書面であるか否かの判断は右閲覧請求をなした審査請求段階を基準にして判断すべきであつて、その後行政訴訟に至り納税者と処分庁との争点が確定してからその確定した争点を基準として翻つてつて理由となる書面であるか否かを判断すべきものではない。けだし現行の不服審査段階では納税者たる不服申立人にはいかなる根拠に基いて更正処分がなされたかについては不明であり、しかも閲覧請求の対象自体は原処分たる更正処分の理由となつた書面であつて、その後異議申立決定、裁決、さらには訴訟での争点確定で更正処分理由がどのように変更したかとは関係ないからである。従つて人件費否認分明細書、領収書による支払高検討表ならびに資産増加分明細書についての被告の反論は失当である。

三、その余の取引先銀行の調査結果ならびに受取手形などの検討表については被告は更正処分の理由とは関係ないと主張するが、これらの調査に基いて更正処分をなすか否かが検討されたことは疑いない事実であり、そうとすればこれが現在の訴訟の段階で判明した争点に関連するか否かを論ずるまでもなく処分の理由となつた事実を証する書面に当るといわねばならない。

四、また直接には更正処分の理由と結びつかない書面であるとしても、はたしてそうであるか否かは現物である書面を検討することなしには確定できないのであるから、原告の文書提出命令に従い弁論に検出されるべきである。 以上

即時抗告申立書

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

相手方の本件文書提出命令申立を却下する。

手続費用は相手方の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、民訴法第三一二条第一号にいう「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者が口頭弁論等において、自己の主は立証のため、その内容および存在を明らかにした文書と解するのが相当であり、乙第九号証を書証として提出することは同号証に記載されている各文書を書証として提出するに実質的に等しいものであるとの理由で、本件文書を右条項にいう「当事者カ訴訟二於テ引用シタル文書」にあたるとされているが、右は次のとおり誤りである。

(一) 民訴法第三一二条第一号は単に「訴訟ニ於テ引用シタル文書」と定めているが、「引用」の語義からして口頭弁論、準備書面においてその文書を引用することをさすものと解するのが相当である。

すなわち、民事訴訟は、主張と立証を明確に区別しているのであつて、立証とは主張事実の立証方法のみをさし、その段階においては「引用」とみるべき事象が介在する余地はないものである。

そして本件各文書が乙第九号証にその表題が記載されているにとどまつて準備書面には引用されていないものであり、右にいう「引用」にはあたらないものというべきである。

(二) 原決定は、民訴法第三一二条第一号の文書を単に自己の主張、立証のため、その内容および存在を明らかにした文書をいうものと解されているが、「訴訟ニ於テ引用シタル文書」の意義については、文書そのものを証拠として引用した場合、すなわち、文書所持人浄当該文書を証拠として引用する意思を明らかにした場合に限るものと解すべきである(兼子一著民事訴訟法条解七九三頁、法律実務講座四巻二八三頁)。

同法条に規定する文書提出命令の制度は、挙証者のため、反対当事者や第三者の手中にある書証を裁判所の命令によつて利用させようとするものである。これは、当事者の責任と負担において訴訟の進行を図ることを建前とする民事訴訟においては異例のことである。しかも、文書提出命令が対立当事者に発せられる場合を考えてみると、対立当事者は自己の意に反してまでも手中にある書証を相手方のため利用させることを受忍する義務を負い、もし、この命令に従わない場合は裁判所により当該文書に関する相手方の主張を真実と認められる危険を負担しなければならないのである(民事訴訟法第三一六条)。このような不利益を対立当事者に負担させるには、相応の合理的な理由がなけれ簿ならばない。ところで、同条第一号の場合はいかなる合理的な理由があるであろうか。もし、「訴訟ニ於テ引用シタル文書」の意義を当事者が文書の存在を引用した場合の意味に解すると、たとえば、仮に準備書面においてある文書の存在について一言半句でも言及した以上、たちまちにして当事者は、当該文書の提出を義務づけられることになる。しかし、対立当事者にそのような不利益を負担させるに足る合理的な理由は見出せない。したがつて「訴訟ニ於テ引用シタル文書」の意義を、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合、すなわち口頭弁論や準備手続において文書を証拠として提出する意思を表明した場合の意味に解すべきである。すなわちその場合には当事者は自己に有利な場合に文書を証拠として提出するのが通常であるから、当事者がいつたん文書を証拠として提出する旨の意思を表明した以上、当事者に提出義務を負担させてもその不利益はさほど大きくなく、禁反言の法理に照らしてそのような措置は是認できるところである。このように、「訴訟ニ於テ引用シタル文書」の意義を、当事者が文書そのものを証拠として引用した場合の意味に解することによつて、はじめて同条第一号は合理的な制度として理解できるのであつて、同条項はそのように解するのが正当である。そして本件各文書が右の場合にあたらないことは明らかである。

また仮に一歩を譲つて「当事者が口頭弁論において、自己の主張の助けとするため、とくに文書の内容と存在を明らかにすることを指すもの」(東京地裁昭和四三年九月一四日決定判例時報五三〇号一九頁および南博方評釈判例時報五四一号九四頁)と解したとしても、以下に述べるとおり抗告人においてその主張の助けとするためには本件文書の内容と存在を明らかにしたものといえないのである。

1 乙第九号証に文書の存在は記載されているが内容については明らかにしていない。

2 証人柴田欣伍の証言中その内容が概括的に明らかにされているが、それは専ら相手方の反対尋問によるものである。このような場合にまで抗告人が提出義務を負う合理的理由は見出せない。なお証人が当事者の所持する文書の内容を引用して証言を行なつた場合でも、それだけでは提出義務を負わないものとされているのである(法律実務講座四巻二九四頁)。

3 また原決定が摘示される昭和四四年七月三日付証拠説明書における乙第九号証に関する証拠説明は、原告がその担当者である柴田欣伍に提出した資料について明らかにしようとするものであり、その提出された資料は乙第九号証の一ないし一〇および二四、二五のみであることは同号証の当該文書およびそのカツコ書からも証人柴田欣伍の証言によつても明らかで、したがつてこれら以外の書面になる本件各文書は調査当時柴田に提出されておらず、これは証拠説明書で全く引用していないのである。いわんやこれによつて原告の昭和三七年分の売上原価および外注工賃について明らかにしようとするものではない。なんとなれば乙第九号証の資料は昭和三八年度分に関するものであり、そのことは証人柴田欣伍の証言によつて明らかである。売上原価および外注工賃は乙第一〇号証、乙第一一号証の立証事項(それも実際にはその額については争いがなく、当該文書の記載文言のみの立証を目的としたものである)に関するものである。

二、右のとおり本件各文書が民訴訟法第三一二号第一号に該らないものであるが、それよりもより基本的なこととして相手方が本件各文書の提出命令の立証事項とされている閲覧請求権そのものが本件各文書について成立しうるか否かの判断を要するものである。原決定が提出命令の必要性として本件各文書が原告の所得計算に関係があるものとされているが相手方が文書提出の申立をされたのは、所得計算の関係ではなく単に当該文書が元来閲覧請求の対象とされるべきものであつた事実を立証されんがためである(相手方(原告)の昭和四四年一二月一八日付証拠の申出書三項)とされているからである。

(一) ところで、当該文書は相手方から閲覧請求があつたときには審査庁は事案の事実審理を了し、その前一時原処分庁から預つていた本件各文書はすでに原処分庁に返却ずみで、審査庁である大阪国税局長の許にはなかつた(昭和四四年一〇月三〇日付被告(抗告人)第七準備書面および昭和四五年五月二六日付意見書)のであり、その写しすら存在していなかつたのである。したがつて本件各文書については閲覧請求時に審査庁に存在しなかつたから、相手方は閲覧請求自体を行使しえないものであつたのである。

以上のとおり当該文書は元来閲覧請求の対象となるものでなかつたのであつて、これが閲覧請求の対象となし得たことを当然の前提とした相手方の文書提出命令の申立は失当なものである。

結局本件では民訴訟法第三一二条第一号に該当するか否かの判断の前に、相手方のこれによる立証事項である閲覧請求権の存否、すなわち閲覧請求当時の文書の存否について判断されるべきであり、しかも当時文書が存しなかつたことから相手方には閲覧請求権行使の余地がなかつたのであるから、その立証事項からいつて本申立自体失当となり、これを看過してなされた原決定は坂り消されるべきものである。

(二) また本件各文書はいずれも更正処分の理由となつた事実を証する書面ではなく(その詳細は、昭和四五年三月一一日付被告(抗告人)第八準備書面および昭和四五年五月二六日付意見書(二)項(イ)に記述したとおりである。)、その事実は証人柴田欣伍の証言によつても認めうるところである。さればこの点からも本件文書は本件申立における立証事項である閲覧請求の対象とはなりえないものであり、本申立は失当である。

三、本件各文書は所得税法第二四三条によりその公表のできないものである。

すなわち民訴法第三一二条の文書提出義務は裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務と同一の性格のものと解されるから、その公表が法律の規定により公表できないものとされている文書については提出義務を負わないものである(東京地裁昭和四三年九月二日決定、判例時報五三〇号一三頁)。

そして本件各文書は税務署における調査方法あるいは課税処分に至る心証形成の経過を包含しているものであつて、これを公表することにより、第三者がどのように税務署に協力したか、税務署がどのような方法で調査したか、どのような心証形成過程をとつたか、公けにすることとなるのであつて、まさに所得税法第二四三条により公表できない文書なのである。

四、本件各文書が民訴法第三一二条第二号に該当するものでないことについては、昭和四五年五月二六日付文書提出命令申立に対する意見書中の(二)項において主張した点をそのまま引用する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例